なぜ『舞音-MANON-』がこんなにも好きなのか
私、舞音が好きなんですよ。
自分でも不思議なくらいに。ちなみに、まさお節ついてはアンチといえるほどに苦手でして…。
前評判もぶっちゃけ良くなかったし、きりやん退団後の月組に思い入れもなかったしで(すみません…)、本当に軽い気持ちでの観劇だったんですがこれがハマってしまって。
突き詰めて考えてみた結果、ここまで好きになのは単にみやるりの役”もう一人のシャルル”がちゃんと機能しているからだということに気づきました…。
もう一人のシャルル(演・美弥るりか)
公式サイトではこんな役名…、ちょっとこれだと直球すぎて興醒め…(´-`)
まぁ、いわゆるロミジュリの”愛”と”死”みたいなもんです。
抽象表現役とでもいいましょうか。
まぁ、”もう一人のシャルル”は”愛と死”より『風共』の”スカーレットⅡ”に近いのかな…?(ちゃんと宝塚版風共見てない…)
舞音の「もう一人のシャルル」は抽象というか心情表現役ですが、これがちゃんと機能してるんですよ…!
正直、ロミジュリで味をしめたのか宝塚には度々この手の役が出てくるのですが、取って付けたような置き方が多くて…
例えば『愛と革命の詩-アンドレア・シェニエ-』の”白と黒の天使”ですが、私には「”愛”と”死”をやりたかっただけ」という風にしか映らなかった…周囲の評判は良かったけどね…。
そんな中、”もう一人のシャルル”はちゃんとシャルルの心情を有意義に表現していたと思います。
舞音のショーが終わって、シャルルはお偉いさんと話しているんだけど心はまだ舞台上をうろついているとか。
離れ離れになって、2人の心が不安定になる中、それでもシャルルの心は独房の舞音に寄り添っているし、舞音もそれを待っているとか。
もうこれ本当個人的な好みの話なんですけど、登場人物の心情はなるべく台詞以外で表現してほしいんですよ。
映画だとこういうの当たり前なんだけど、宝塚ってそうでもないから…。
町山智浩さんが「映画で時制が入れ替わるとなんでも褒めちゃう」ぐらい、その演出が好きなように、私も抽象表現役が上手くハマってるとなんでも褒めちゃうんだと思うんだよね。
そういえば、ロミジュリで一番好きなシーンは仮面舞踏会で愛がロミオとジュリエットを引き合わせる場面だし、一番すきな役は”愛”だし。
だって舞音は最後にみやるりの言う台詞が良いっつうか”深い”らしいんだけど、私これに関しては「良いこと言ってるようで何も言ってないよな」っていう感想だもん。
別に作品のメッセージが好きってわけでもない。
この後、みやるりがそれっぽいことを言って話は終わります。
そんなわけで、たぶん私は今後も抽象表現役が良ければなんでも褒めるんだろうなぁ、と思います。
まぁ、舞音はアオザイがとにかく好きとか幻想的な場面がとにかく好みとか人間これぐらい好き勝手してる方が良いよね!とかプラスα部分も結構いっぱいあったんですけどね!
ちゃぴ(愛希れいか)のこの服たまらんとかね!
とりあえず私はこれからも舞音を褒め続けるよ!